「夜のピクニック」(恩田陸)

恩田陸、恐るべし

「夜のピクニック」
(恩田陸)新潮文庫

全校生徒が
24時間かけて80kmを歩く
高校の伝統行事「歩行祭」。
貴子は特別なこの日に、
自分の中で賭けをした。
それは同じクラスの融に
声を掛けるということ。
二人はお互いに意識し合いながら、
一度も話をしたことがなかった…。

私ごときが取り上げるまでもない、
本屋大賞を受賞し、
ベストセラーとなり、
映画化までされた、
人気作家・恩田陸の傑作です。
ひねくれ者の私は、
売れている本作品を
無視し続けてきました。
でも、誘惑に負け、
読んでしまいました。
やはり素晴らしい作品です。

読み始めは軽く考えていました。
よそよそしい貴子と融の二人が、
ゴールではめでたく結ばれる
恋愛物語なのだろうと。
歩行祭の中で起きた事件をきっかけに、
二人の中が急速に
進展するのだろうと。
いろいろな同級生たちが登場し、
恋のさや当てを演じるのだろうと。
安易な展開を予想していました。
まったく違いました。

複数の同級生が登場しますが、
恋のさや当てなどという
下世話な役回りは演じません。
一人一人がそれぞれの立場で
貴子と融に関わり、
結果的に二人の気持ちを
成就させるという方向に、
登場人物たちの存在が
作用していくのです。
しかも教師などという
不必要な大人は登場しません。
二人の(それぞれの)母親と
一人の父親が、
会話や回想の中に
登場するに過ぎません。
物語は高校生だけの空間で
静かに紡がれていきます。

歩行祭の中で
事件はまったく起きません。
ただただ高校生たちが
歩き続けるだけなのです。
その中で繰り広げられる「会話」の中に、
断片的な過去の出来事を
巧妙に織り込み、
二人の人物や物語を
鮮明に浮き彫りにしていくのです。
それでいて筋書きは
弛緩するところがまったくありません。
常に緊張感が漲っていて、
400頁を越える大作でありながら、
読み手を飽きさせません。

二人は恋愛という感情に
陥るのではありません。
なぜなら二人は異母兄弟なのですから。
周囲の知らない
二人だけの秘密なのです。
作者は貴子と融の両方の立場に立って
物語を進行させ、二人の心の綾を
細やかに描き出しています。
恋が実るのではないのに、それ以上に
すがすがしい気持ちにさせられます。

恩田陸恐るべし。
読み手の期待をすべて裏切り、
遙かに高い次元で
作品世界を創出しています。
中学校3年生に強く薦めたい一冊です。

(2019.8.19)

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